当社は染色補正業。この職業は染めや織りの制作工程上で起こる難を元通り修復するという、影ながらも業界でなくてはならない工程のひとつです。
また着用後のお手入れや染め替え、さらには管理指導もさせていただくため、「着物ドクター」ともいえるでしょう。
2013年より当社工房にて不定期ではありますが、「着物お手入れ講座」を行っております。
このページでお教えしていることをベースにさらにより詳しい内容とともに、実際に目の前での実演を行いながらの講座です。
毎回、大変好評です。詳細はイベントページをご覧下さい。過去に行った講座の写真でその様子を見ることが出来ます。
また、こちらのページの内容は「お手入れ講座」などで資料としてお渡ししているものと同じです。PDFがございますので、下記アドレスからダウンロードして頂いてもOKです。
http://omiyakamon.co.jp/kimonooteire.pdf
さて皆様方、着物のお手入れはどのようにされているのでしょうか。
分からないことや迷われることはありませんか。
お手入れや管理が正しく行えているか否かで、着物の寿命も大きく変わります。
当社には、着用時の応急処置や、ご家庭でのお手入れで失敗したものが数多く持ち込まれます。
「少しの知識、少しのコツをつかんでいただければ、このような結果にならなくてすんだのに…」
と残念に思う次第です。
大切な着物を少しでも永く着ていただくためにも、当社流のお手入れや管理などをアドバイスさせていただきましょう。しかし、皆様方にアドバイスできるお手入れ方法は、着物の安全のためにごく限られた範囲になります。ご了承くださいますようお願いいたします。
ここで申し上げる着物類は正絹製品のことです。絹は綿や化繊などとは違い、かなりデリケートであり、お手入れについても細心の注意が必要です。シミ落としを上手く行うには絹繊維、ベンジン、水のそれぞれの性質を十分理解していただくことが大切です。
では具体的に話を進めてまいりましょう。
なお、文中の「シミ」とはいわゆる「汚れ」のことと解釈して頂きますようお願い致します。
「シミ落とし」とは、主に繊維に付いた汚れなどを取り除く作業のことです。
薬品などで化学的処理をする漂白ではなく、ここではあくまでも物理的手段の範囲にとどめておきます。
シミは大きく分けて「油性」「水性」「両者混合」があります。
簡単に申し上げれば【油性のシミはベンジン】【水性のシミは水】【両者混合のシミはベンジンと水】で処理をします。まずシミの成分が何であるかを見極め、何で落とせるかを正しく判断することが大切です。例をあげてみましょう。
文章で表現するのは簡単ですが、たったこれだけのことが上手くいかずに取り返しのつかないことになることもあります。
ではそうならないためにはどのように対処すべきか、解説していきます。
シミ落しの原理は、シミを水や溶剤で【生地から洗い流す】【他の繊維に移す】【周りに大きく散らす】のように三つに大別できます。
作業の際は生地や染めなどの加工を傷めないようにも細心の注意を払い、また新たな輪染みが付かないように作業しなくてはなりません。
シミ落とし作業とはそれらを一貫して行うことなのです。
染め物の制作には、熱処理という工程があります。熱をかけることで染料を発色させ、また定着させます。シミも同様で熱を与えると生地に定着し落とし辛くなります。つまりシミや汗をかいたいたままでのアイロンがけは御法度で避けなければなりません。特に血液などの動物性蛋白質のものは固まりやすいので要注意です。
時にドライクリーニング店などでシミが落ちないまま、プレスがかかって返ってくることがあります。お店選びにも気をくばりたいですね。
シミ落としを行う前に絹を理解していただく必要があります。
絹繊維は水分を含むとふやける性質があります。これを「膨潤(ぼうじゅん)」と呼びます。
この状態での生地への摩擦はスレを起こしやすく大変危険です。
繊維が摩擦により、めくれて傷になった状態を指します。生地の表面が毛羽状になるため、光の乱反射で斜めからは白っぽく見えます。つまり濡れたタオルなどで擦ると生地が損傷するため、直らなくなるということです。物理的に繊維の表面が切れた状態になるためです。また膨潤状態では、水によって溶けたシミが繊維の奥に染まり込みやすくもなります。
このように絹を水に濡らすことはリスクが高くなるということを忘れないでください。
なお、ベンジンなどの溶剤では膨潤は起こりません。ただし雨の日など、湿度が上がることでベンジンや繊維が水分を含んだ状態になる例もあり、決して油断はできません。
ご家庭でのお手入れはベンジンなら生地に対してほぼ安全だといえるでしょう。しかし、ベンジンは引火性が高く、火災の危険が付きまといます。火気厳禁は言うまでもありません。では注意事項から申し上げましょう。
さてベンジンの危険性をご理解いただければ、いよいよ作業のお話です。
ベンジンは薄汚れや油性のシミなどに有効です。ただし濃い色の口紅などは限界がありますので、うかつには使えません。薄くなるだけで残ることがあるからです。我々プロはシンナーなどの溶解力の強いもので一気に落とします。
「ベンジンで薄くしておけば、後のシミ抜き代が安くて済むのでは?」
これは残念ながら間違いです。一気に落としきれなくて残ったものは繊維に染まり込むため、返って落とし辛くなります。ご家庭ではファンデーションや袖口の汚れくらいにとどめておくべきです。
用意していただくものは、ベンジン、サラシ木綿、巻き藁(ベンジン用ブラシ)などです。
【手順】
①~③はひとつの作業だとお考えください。素早く終えることが上手くいくコツです。
前述しました通り、水を使ってのシミ落としは生地や染を傷める危険性が大きいため、お薦めはできません。お仕立ての際の残布を利用し、一度お試しになると、納得していただけるでしょう。
実際の作業は薦めませんが解説だけでもしておきます。
生地に付いた水は乾いた箇所へと移動する性質があります。水性のシミ落としはこの原理を利用します。つまり着物についているシミの部分を水で濡らし、柔らかくなったシミを乾いたサラシ木綿の方へ移動させます。もちろんこの時点で着物は膨順状態ですので摩擦は禁物です。
思わずやってしまいがちの事とは思いますが、濡れたハンカチやおしぼりなどでシミを押さえたりすると、水と一緒にシミを繊維の中へ押し込めてしまう結果になりかねないのでご注意ください。
水を使った作業に欠かせないのが霧吹きです。それは新たな輪染みを作らないためです。
私の工房ではエアブラシで細かい水霧を吹きつけます。水霧が粗いと新たなシミになることがあるためです。ご家庭ではL型霧吹きをお薦めします。(ネットで安価で購入可能)
ではL型霧吹きと水を使っての、ご家庭でもできる範囲のお手入れをご紹介しましょう。
細かい水霧を吹きかけた後、自然乾燥で消えることがあります。消える確証があれば、アイロンをかけてもかまいません。ですが縮まないようにすることと、キセも消えないように気をつけることが大切です。これもコツをつかむまでは残布での練習が必要です。
「着用後、乾すことで汗を飛ばしてから、しまいましょう」
これは好ましくありません。
汗は乾燥すれば見えなくなりますが、成分は残ったままです。これでは将来必ず黄変します。またドライクリーニングだけでは汗は落ちません。もちろんベンジンでの洗浄も同様です。
汗は水性ですから水を使用しないと落とせません。
以上のことを着用の度に心がけていれば、汗が100パーセント落ちないにしても、将来の黄変はかなり免れるはずです。
何度も申し上げますが、スレ防止のため、濡れている間は擦らないようにしてください(特に表地)。しかし汗の量が多い場合、着用の際すでに摩擦を起こし、脇や背中の帯下などがスレていることがあります。また着物の色が帯に、あるいは帯の色が着物に移ることがあります。
このような場合は汗対策と同時に専門店に相談しましょう。
外出先での応急処置をお教え致します。
もし手洗いなどで水染みがついた場合、素早く手の平を当てましょう。ちょっとしたものなら数分も経たない間に体温で消えることがあります。
食べ物などがついた場合、固形物なら乾いたティッシュやハンカチなどでつまみ取りましょう。
液状のものは広がらないよう、やはり乾いたティッシュやハンカチなどに吸い取るようにそっと押さえてください。
くれぐれも濡れたものは使わないように。また決して擦らないようにご注意願います。
後は専門店に依頼しましょう。
最後にもうひとつだけ繰り返しておきます。
油性のシミ落としでも申し上げましたが、「少しでも薄くしておいた方が、後に専門店へ持ち込んだ際に安く上がるのでは?」という考えはおやめください。
特に水を使った場合はスレを起こし、繊維に染まり込む危険性が強いからです。
シミ落としは、そうならぬよう一気に落としてしまうのが理想です。
着用後はそのまま片付けるのではなく、シミなどの点検や適切な汗染みなどの処置が大切です。
シーズンが終わる頃に専門店に出すのが理想的です。
もちろんお店選びも重要です。程度にもよりますが、「部分洗いで済む場合」や「丸洗いが必要な場合」など適切にアドバイスしてもらえたり、指示しなくてもきちんと汗抜きなども行ってくれたりする専門店を選びましょう。
気密状態で長期間保管は危険です。
カビの発生、ガスの発生による変色、防虫剤や香料などによる変色が起こりうるからです。
年に1~2度の虫干しより、常に気密状態になることを避けておくことが大切です。
乾燥した晴れた日にはタンスや箱をなど開けましょう。新鮮な空気を入れることでカビやガスの発生は防げます。ただし、紫外線には当てないでください。虫干しの際に長期間光に当てたばかりにひどく退色した例も多々見られます。室内の蛍光灯も紫外線が出ています。安心はできませんのでご注意ください。
因みに当社での着物(作品、預かり品、家族の着物など)は気密状態のタンスではなく耐えず空気が入れ替わる棚に保管しています。
普段の生活から、着物たちも一緒に生活しているということを忘れないでください。着物にとっても、心地よい環境が大切なのです。
ガード加工(撥水加工)は雨などの多量の水や水性のシミに関してかなりの効果を上げています。各メーカーにより、多少の効果の違いはありますが、あくまでも数値的なもので基本的に大きな違いはありません。
その特性について以下に整理してみました。
以上15項目のうちの「①水染み」と「⑨染み落とし」の2件がガード加工の特色で、大きなメリットになります。
「仕立て下ろしの着物が大雨にあった」また「初めての着用なのにパーティーなどで飲み物をかけられた」などの出来事で、たった1度の着用なのにやむなく解き洗い張りをせざるを得なかった。
このような事態を何度も目の当たりにしました。そのためにもガード加工は安心材料だと思います。
また染みや汚れも付きにくいのと、後々のお手入れも簡単で、安価で済ませるのも大きなメリットではないでしょうか。
時に、加工後に付いた染みは落としにくいと思っていらっしゃる方もおられるようですが全く逆です。そのご心配なく、安心していただけるのではないでしょうか。
この2つの項目以外は、ガード加工に対して期待を大きく持ちすぎないよう。また誤解を解消していただきたいために書き上げてみました。
ガード加工を施したものの応急処置については通常とあまり変わりません。
液状のものが水滴として生地の表面に付いた場合、乾いたティッシュペーパーやハンカチなどで、吸い取ってください。決してこすらないように!
また食べ物などの固形物もこすらず、つまみ取るようにしてください。
染みが残った場合、後は専門店に任せましょう。どちらにしてもシミの処置はかなり簡単に済みます。
汗染みについては専門店に「汗染み抜き」として依頼してください。
ガード加工の以上の特性をご理解いただいた上、ご判断くださいますようお願いいたします。